或る修羅とWSの話(修羅♂、WS♂)
「アルバス殿。ホワイトデーという日なのだそうだな、今日は」
ある朝。カピトーリナにほど近い氷柱たちの家。朝食を摂っていた氷柱は不意に思い出したようにアルバスに尋ねる。
「あぁ、そういやそんな日らしいな」
「聞いた話では家内や女の想い人に日頃の3倍の感謝をせよということだそうだ。故に、私もそれに倣おうと思う。何か、望みはあるか?」
---------------------------------
「この荷物はここで良いのか?」
「あぁ、そこに置いといてくれ」
魚が大量に詰まった箱を担いでいた氷柱は、アルバスの指示に従い露店街の一角に置く。
「しかし、ホントに良かったのか?」
「何がだ?」
「露店なんて一日座ってる仕事だぞ?そりゃ、頼んだのは俺だがお前さんには退屈じゃねぇのかって」
「こうして荷を運ぶのも修練になる。何より一日家内と過ごすことに何の不満があると言うのか」
「ま、まぁそうだけどよ......。お前さんホント何でも修行を見出すんだな」
しれっと答える氷柱に頭をポリポリと掻き、視線を逸らす。何の恥じらいも臆面もなく家内と言い切られることにはまだ慣れない。
今日はホワイトデーだから、家内に感謝をする日らしい。だから何か望みがあれば聞くと言う氷柱の提案にアルバスが提示したのは、今日一日一緒に店番をしてほしいということだった。
わがままと思われるかもしれない、と思いつつ提案してみたことだったが、いつもと変わらず亭主は快く承諾し、商品の仕入れから手伝ってくれている。
アルベルタで仕入れた魚を積み、他にも売り物を適当に取り出し、簡易の店頭に並べる。
「アルバス殿はいつも安すぎはしないか?」
値札を覗き込み、氷柱がううむ、と唸る。
「売れなきゃ話にならねぇだろが。元は取れるように売ってるから大丈夫だ」
「そういうものなのか......」
実のところは時折店番に飽きて格安で出すこともあるが、そんなことを言うと亭主が気に掛けるので口をつぐんでおく。
店の準備を終え、
「ま、あらかた出来上がったし、後は果報は寝て待てってやつだな」
アルバスは店の奥に座り、カートを背もたれに目を閉じる。
「......ふむ」
アルバスに倣い、氷柱も奥に入って座り、瞑想を始める。
時折空を飛ぶ鳥のチチチ、という鳴き声が聞こえる。大通りは陽が上がってゆくにつれざわざわという喧騒が大きくなり、ぽつぽつと建っているだけだった露店も次第に通り沿いにひしめくように建ち始める。
人や物資の集まる首都の露店街らしい賑わい。
露店巡りを楽しむ者、狩りに行くのだろうか、様々な物資を大量に買い込む者。人々の声や足音が右から左、左から右へと絶え間なく流れてゆく。
「騎士が今前を通って行ったな。次は......女性か。ヒールを履いているようだが職は解らぬな」
「......?何の話だ?」
隣で不意にブツブツと呟く氷柱に、アルバスは首を傾げる。
「ただ眼を閉じているのもつまらぬゆえ......、前を通った通行人がどういった者かを聞き分けようと考えたのだが、まだ修行が足らぬな。僅かしかわからぬ」
「いや、解らないのが普通じゃねぇのか......?」
「......其れを成せれば一歩上を目指せるように思ったのだが......」
そんな会話を時折交わす。氷柱の頭の中は本当に修行一色だな、とアルバスは考える一方で、1人で店番をしているときは居眠りをして一日を過ごしていることも多い。こうして他愛のない会話を交わせる事は新鮮であるように感じた。
しかし、同時にふっと小さな不安も首をもたげる。
「なぁ......やっぱり、本当に良かったのか?」
「狩りに出なくて良かったのか?」
「う......あ、あぁ......」
「狩りに出る方がアルバス殿は気が楽か?」
「うっ......」
不 安だが、一緒にいる時間も捨てがたい。相手はもしかすると狩りに出たいかもしれないという気持ち。自分の気持ちと相手の気持ち、相反するように感じる2つ の気持ちをどうすればいいのか......。眉間に皺を寄せ、答えに詰まっていると、不意に頭にふわりと何かが乗る感触。氷柱はアルバスの頭をポンポンと 軽くたたくと、
「私はアルバス殿が邪魔だと言うなら行く。......だが、そう言っていない内は私の我儘で此処に居座らせてもらう」
そう言って笑った。
そうして、登った陽が次第に傾き、夕暮れが迫る頃。時折奥から補充していた商品の在庫もすべて売り切れる頃。
「そろそろ夕方だし、店をたたむか。ワリィ、手伝ってもらっていいか?」
「うむ」
カートに残った品を片付け、露店の什器も畳んで仕舞い込む。
「さて。夕食の買い出しに行くか、それともどこかに立ち寄るか?」
「そうだなァ、一日露店ってのも疲れるだろ?どこか寄って帰ろうか」
「ん」
二人はプロンテラの通りを歩きだす。何となくいつもの店というよりは普段とは違う店も趣が違っていいだろう、といつもとは違う通りにあった酒場に入る。
席へ案内され、適当な酒とつまみを注文する。
ほどなく、酒が二人の前に並べられる。
「じゃ、お疲れさん」
「お疲れ様」
互いの盃に酒を酌み、軽く合わせる。一度に中身を飲み干し、大きく息をつく。
「......仕事の後の酒ってのは本当に美味いよな」
「ん......そうだな」
続いて出てくるつまみを各々取り分け、酒を酌みつつ夕食を始める。
普段は狩りを切り上げた氷柱が適当に作っているが、こういう食卓も新鮮味がある。
酒の力も相まってか、口数が少ない氷柱も、互いの身の上の事、普段のこと、様々な話を交わした。
「でだな、ちゃんといつかお前さんのご両親にも挨拶に行かなきゃならねぇなって思ってるんだよ」
「母は喜ぶやもしれぬが......父は少し覚悟がいるぞ」
「氷柱の親父さんつったら......修羅だったか?......か、勝てる気はしねぇけど死ぬ気で臨む気はあるぞ」
「いや、死なれても困る......。事情は知っておる故、アルバス殿なら問題も無かろう」
「お、おぅ......。だがほら、心構えってもんがあるだろよ」
「心構え?」
氷柱は首を傾げる。
「その、なんだ......」
言いづらい事なのだろうか。手にしていた酒を一気に飲み干し、大きく息をつく。
「氷柱は、元々はなんつーか、普通だったろ。それを俺が変えちまったっていう気持ちはやっぱどっか有るんだよ。それで、もしかしたら相手の人生変えちまったかもしれないだろ。そう考えたら......変えた責任っつーモンはキッチリ背負いたいじゃねぇか」
「......」
氷柱はジッとアルバスの顔を見、話を聞いている。その表情に少し頭を掻いてアルバスは俯く。
「あー、だからそう真剣な顔で見られるとやっちまったって気持ちになるじゃねぇか」
「......いや、如何にも貴殿らしいと思っただけだ。恐らくは互いに同じように思って居る。貴殿がそのように責任を考えると同様に、私もまたこれからも変わらず貴殿と共に歩むつもりだ。覚悟を以て打ち明けてくれた貴殿の気持ちを私は背負いたいと思う」
「互いに背負うって言ってたらどうやって相手を背負うんだよ」
「互いの気持ちに背負われていると思えば良いではないか?」
「氷柱は、時々坊さんの問答みてぇなこというよな......」
「私はまがりなりにも僧であるしな」
「あぁ......そういやそうだな、違いねぇ」
お腹もほど良く満たされた頃、二人は支払いを済ませ、帰路に就く。
すっかり陽も落ちたプロンテラの通りは、両脇の建物から零れる明かりに微かに照らされ、昼間とは違った雰囲気へと姿を変える。
「一人で歩いてたらなんか物淋しい気もするんだけどよ、今日は悪くねぇな」
「そうだな......」
二人並んで歩く。まだ、春先といっても朝夕は冷え込む。冷たい空気が酔って少し火照った顔には心地よい。
「たまにはよ、街ん中をちっと歩いて帰るのも乙じゃねぇかな」
「ふむ、そうだな......。急ぐ路でもない」
「そういやこの時期アマツも桜が咲くんだろ?これとはまた違った雰囲気で面白そうだな」
「うむ、夜桜は妖艶でもあるが、美しいと思うぞ。......時期が来たら往くか」
「ああ、そんときゃまた二人で行こうな」
そんな会話を交わしつつ家へ向かう二人を、明るい月明かりが照らしていた。
ある朝。カピトーリナにほど近い氷柱たちの家。朝食を摂っていた氷柱は不意に思い出したようにアルバスに尋ねる。
「あぁ、そういやそんな日らしいな」
「聞いた話では家内や女の想い人に日頃の3倍の感謝をせよということだそうだ。故に、私もそれに倣おうと思う。何か、望みはあるか?」
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「この荷物はここで良いのか?」
「あぁ、そこに置いといてくれ」
魚が大量に詰まった箱を担いでいた氷柱は、アルバスの指示に従い露店街の一角に置く。
「しかし、ホントに良かったのか?」
「何がだ?」
「露店なんて一日座ってる仕事だぞ?そりゃ、頼んだのは俺だがお前さんには退屈じゃねぇのかって」
「こうして荷を運ぶのも修練になる。何より一日家内と過ごすことに何の不満があると言うのか」
「ま、まぁそうだけどよ......。お前さんホント何でも修行を見出すんだな」
しれっと答える氷柱に頭をポリポリと掻き、視線を逸らす。何の恥じらいも臆面もなく家内と言い切られることにはまだ慣れない。
今日はホワイトデーだから、家内に感謝をする日らしい。だから何か望みがあれば聞くと言う氷柱の提案にアルバスが提示したのは、今日一日一緒に店番をしてほしいということだった。
わがままと思われるかもしれない、と思いつつ提案してみたことだったが、いつもと変わらず亭主は快く承諾し、商品の仕入れから手伝ってくれている。
アルベルタで仕入れた魚を積み、他にも売り物を適当に取り出し、簡易の店頭に並べる。
「アルバス殿はいつも安すぎはしないか?」
値札を覗き込み、氷柱がううむ、と唸る。
「売れなきゃ話にならねぇだろが。元は取れるように売ってるから大丈夫だ」
「そういうものなのか......」
実のところは時折店番に飽きて格安で出すこともあるが、そんなことを言うと亭主が気に掛けるので口をつぐんでおく。
店の準備を終え、
「ま、あらかた出来上がったし、後は果報は寝て待てってやつだな」
アルバスは店の奥に座り、カートを背もたれに目を閉じる。
「......ふむ」
アルバスに倣い、氷柱も奥に入って座り、瞑想を始める。
時折空を飛ぶ鳥のチチチ、という鳴き声が聞こえる。大通りは陽が上がってゆくにつれざわざわという喧騒が大きくなり、ぽつぽつと建っているだけだった露店も次第に通り沿いにひしめくように建ち始める。
人や物資の集まる首都の露店街らしい賑わい。
露店巡りを楽しむ者、狩りに行くのだろうか、様々な物資を大量に買い込む者。人々の声や足音が右から左、左から右へと絶え間なく流れてゆく。
「騎士が今前を通って行ったな。次は......女性か。ヒールを履いているようだが職は解らぬな」
「......?何の話だ?」
隣で不意にブツブツと呟く氷柱に、アルバスは首を傾げる。
「ただ眼を閉じているのもつまらぬゆえ......、前を通った通行人がどういった者かを聞き分けようと考えたのだが、まだ修行が足らぬな。僅かしかわからぬ」
「いや、解らないのが普通じゃねぇのか......?」
「......其れを成せれば一歩上を目指せるように思ったのだが......」
そんな会話を時折交わす。氷柱の頭の中は本当に修行一色だな、とアルバスは考える一方で、1人で店番をしているときは居眠りをして一日を過ごしていることも多い。こうして他愛のない会話を交わせる事は新鮮であるように感じた。
しかし、同時にふっと小さな不安も首をもたげる。
「なぁ......やっぱり、本当に良かったのか?」
「狩りに出なくて良かったのか?」
「う......あ、あぁ......」
「狩りに出る方がアルバス殿は気が楽か?」
「うっ......」
不 安だが、一緒にいる時間も捨てがたい。相手はもしかすると狩りに出たいかもしれないという気持ち。自分の気持ちと相手の気持ち、相反するように感じる2つ の気持ちをどうすればいいのか......。眉間に皺を寄せ、答えに詰まっていると、不意に頭にふわりと何かが乗る感触。氷柱はアルバスの頭をポンポンと 軽くたたくと、
「私はアルバス殿が邪魔だと言うなら行く。......だが、そう言っていない内は私の我儘で此処に居座らせてもらう」
そう言って笑った。
そうして、登った陽が次第に傾き、夕暮れが迫る頃。時折奥から補充していた商品の在庫もすべて売り切れる頃。
「そろそろ夕方だし、店をたたむか。ワリィ、手伝ってもらっていいか?」
「うむ」
カートに残った品を片付け、露店の什器も畳んで仕舞い込む。
「さて。夕食の買い出しに行くか、それともどこかに立ち寄るか?」
「そうだなァ、一日露店ってのも疲れるだろ?どこか寄って帰ろうか」
「ん」
二人はプロンテラの通りを歩きだす。何となくいつもの店というよりは普段とは違う店も趣が違っていいだろう、といつもとは違う通りにあった酒場に入る。
席へ案内され、適当な酒とつまみを注文する。
ほどなく、酒が二人の前に並べられる。
「じゃ、お疲れさん」
「お疲れ様」
互いの盃に酒を酌み、軽く合わせる。一度に中身を飲み干し、大きく息をつく。
「......仕事の後の酒ってのは本当に美味いよな」
「ん......そうだな」
続いて出てくるつまみを各々取り分け、酒を酌みつつ夕食を始める。
普段は狩りを切り上げた氷柱が適当に作っているが、こういう食卓も新鮮味がある。
酒の力も相まってか、口数が少ない氷柱も、互いの身の上の事、普段のこと、様々な話を交わした。
「でだな、ちゃんといつかお前さんのご両親にも挨拶に行かなきゃならねぇなって思ってるんだよ」
「母は喜ぶやもしれぬが......父は少し覚悟がいるぞ」
「氷柱の親父さんつったら......修羅だったか?......か、勝てる気はしねぇけど死ぬ気で臨む気はあるぞ」
「いや、死なれても困る......。事情は知っておる故、アルバス殿なら問題も無かろう」
「お、おぅ......。だがほら、心構えってもんがあるだろよ」
「心構え?」
氷柱は首を傾げる。
「その、なんだ......」
言いづらい事なのだろうか。手にしていた酒を一気に飲み干し、大きく息をつく。
「氷柱は、元々はなんつーか、普通だったろ。それを俺が変えちまったっていう気持ちはやっぱどっか有るんだよ。それで、もしかしたら相手の人生変えちまったかもしれないだろ。そう考えたら......変えた責任っつーモンはキッチリ背負いたいじゃねぇか」
「......」
氷柱はジッとアルバスの顔を見、話を聞いている。その表情に少し頭を掻いてアルバスは俯く。
「あー、だからそう真剣な顔で見られるとやっちまったって気持ちになるじゃねぇか」
「......いや、如何にも貴殿らしいと思っただけだ。恐らくは互いに同じように思って居る。貴殿がそのように責任を考えると同様に、私もまたこれからも変わらず貴殿と共に歩むつもりだ。覚悟を以て打ち明けてくれた貴殿の気持ちを私は背負いたいと思う」
「互いに背負うって言ってたらどうやって相手を背負うんだよ」
「互いの気持ちに背負われていると思えば良いではないか?」
「氷柱は、時々坊さんの問答みてぇなこというよな......」
「私はまがりなりにも僧であるしな」
「あぁ......そういやそうだな、違いねぇ」
お腹もほど良く満たされた頃、二人は支払いを済ませ、帰路に就く。
すっかり陽も落ちたプロンテラの通りは、両脇の建物から零れる明かりに微かに照らされ、昼間とは違った雰囲気へと姿を変える。
「一人で歩いてたらなんか物淋しい気もするんだけどよ、今日は悪くねぇな」
「そうだな......」
二人並んで歩く。まだ、春先といっても朝夕は冷え込む。冷たい空気が酔って少し火照った顔には心地よい。
「たまにはよ、街ん中をちっと歩いて帰るのも乙じゃねぇかな」
「ふむ、そうだな......。急ぐ路でもない」
「そういやこの時期アマツも桜が咲くんだろ?これとはまた違った雰囲気で面白そうだな」
「うむ、夜桜は妖艶でもあるが、美しいと思うぞ。......時期が来たら往くか」
「ああ、そんときゃまた二人で行こうな」
そんな会話を交わしつつ家へ向かう二人を、明るい月明かりが照らしていた。